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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)7026号 判決 1974年7月16日

原告 佐々木朝子

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 高橋勲

同 高橋高子

同 田村徹

被告 鞠子運送株式会社

右代表者代表取締役 鞠子一

右訴訟代理人弁護士 飯塚芳夫

同 田中仙吉

主文

壱 被告は、原告佐々木朝子に対し五百四拾九万百五拾弐円、原告佐々木信之、同佐々木みち代に対し各五百九万百五拾弐円および右各金員に対する昭和四拾七年八月弐拾六日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

弐 訴訟費用は被告の負担とする。

参 この判決は主文第壱項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

(一)  事故の発生

佐々木博之(以下被害者という。)は次の事故によって受傷し、昭和四七年一月二五日死亡した。

1 発生日時 昭和四七年一月四日午後一時五〇分頃

2 発生地 東京都葛飾区亀有四丁目二八番八号被告亀有倉庫前路上

3 加害車 回転クランプフォークリフト(足立九九め二七四号、以下被告車という。)運転者 渋谷俊雄(以下渋谷という。)

4 事故の態様 被害者が自ら運転してきた大型貨物自動車(習志野一え六六四号、以下甲車という。)の荷台に右場所等で横倒にして二段に積込ませたダンボール原紙(幅一・二〇ないし一・三五メートルのダンボール原紙を巻き取って円柱状にしたもの一個の重量は八〇〇キログラム前後である。以下ライナーという。)一〇余個の二段目の一個が一〇ないし一五センチメートル横にずれていたのを揃えるため、渋谷に依頼して甲車の横から被告車を運転してそのクランプ(荷物を挾み込むコの字状の部分)のアウターマスト(クランプの下爪の部分)をライナーの側面(円柱状のライナーの底に当る部分)に当て、被告車の前進力で押させて横にずらせようとした。被害者はアウターマストがライナーの側面に直接に損傷を与えないようにするため、当該ライナーの上に立ち、上方からライナーの側面に角棒を地面に垂直になるよう当てて待機していたところ、渋谷が被告車を前進させながら、被告車のクランプのアッパーアーム(クランプの上爪の部分)を上昇させて接近した際、アッパーアームが被害者の保持していた角棒の手許付近に激突し、その衝撃によって被害者は右ライナー上から地上に落下し、頸髄損傷の傷害を受け死亡した(別紙図面1ないし4参照)。

(二)  責任原因

被告は、その被用者である渋谷がその事業の執行につき、後記2の過失によって本件事故を発生させたから、民法七一五条一項によって原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

1 事業の執行

被告はその事業の執行として前記亀有倉庫においては日本紙業株式会社(以下日本紙業という。)の製品であるライナーの倉入・倉出作業を行なっているが、右ライナーの倉出作業には、ライナーを右倉庫から貨物自動車の荷台に積み込む作業のほか、積込んだライナーの移動、配列を整えることも含まれ、被告の従業員は従来これを行なってきた。

2 渋谷の過失

渋谷は、被告車で甲車に積込んだライナーの位置を揃えるため、被告車を前進させてクランプのアウターマストを、被害者がライナー上に立ってその側面に地面に垂直になるよう保持していた角棒に接触させて押そうとした際、クランプのアッパーアームはアウターマストより約五三センチメートル長いこと、および、被告車の運転台からの前方の見通しはクランプのため良好でないことを認識していたのであるから、まずクランプを回転させて長い方のアッパーアームを下にし、これによってライナーを押しこむべく、かりに短い方のアウターマストを使用するならば、甲車上の被害者の位置および同人が保持する角棒の位置、被告車と甲車までの距離、ならびに被告車のクランプの位置等を前方注視および合図等により十分に確認して、アッパーアームを被害者あるいはその保持する角棒に激突させることがないように被告車を運転操作すべき注意義務があったのに、これを怠り、漫然被告車を前進させて右アッパーアームを被害者が保持していた角棒に激突させ、本件事故を発生させた。

(三)  損害

原告らは本件事故によって次のとおり損害を蒙った。

1 被害者の得べかりし利益の喪失による損害一六、四七〇、四五七円

被害者は本件事故当時三六才の健康な男子で、向島運送株式会社に勤務し、昭和四六年一年間に一、六三三、五八六円の収入を得ていたものであるから、本件事故に遭わなければ、今後二七年間稼働しその間毎年少なくとも右と同額の収入を得た筈であるところ、被害者が生存しているとすれば支出を要する生活費として、右全収入額の四割相当額を、さらに年五分の割合によるホフマン式計算法をもって中間利息を各控除し、被害者の得べかりし利益の喪失による損害の事故時の現価を算出すると前記金額となる。

2 原告らが相続取得した賠償債権額 各五、四九〇、一五二円

原告朝子は被害者の妻、原告信之、同みち代は被害者の子で、原告らは被害者の法定相続人の全部であるから、法定相続分(各三分の一)に応じて被害者の被告に対する右損害賠償債権を五、四九〇、一五二円宛相続により取得した。

3 慰藉料

原告らは本件事故によって夫あるいは父を喪い、甚大な精神的苦痛を蒙った。これを慰藉するのに、原告朝子は一、六六六、六六六円、原告信之、同みち代は各一、二六六、六六六円をもって相当とする。

4 損害の填補

原告らは本件損害の填補として自賠責保険から五、〇〇〇、〇〇〇円を受領したので、原告らの損害額から各一、六六六、六六六円を控除する。

(四)  結論

よって、原告朝子は被告に対し五、四九〇、一五二円、原告信之、同みち代は被告に対し各五、〇九〇、一五二円および右各金員に対する本訴状送達日の翌日である昭和四七年八月二六日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告(請求原因に対する答弁および主張)

(一)  答弁

1 請求原因(一)1ないし3の事実は認め、4の事実中、被害者が甲車を自ら運転してきて甲車に積込んだ原告ら主張の大きさ、重量のライナーの位置を揃えるため、被告車でライナーを押させようとして、ライナーへの損傷を防止するため同ライナー上に立ってライナーの側面を角棒を地面に垂直になるよう保持していたこと、被害者がライナーから地上へ落下し頸髄損傷の傷害を受け、これが原因で昭和四七年一月二五日死亡したことは認め、渋谷が被告車を前進させた際被告車のアッパーアームが被害者の保持していた角棒に激突し、その衝撃によって被害者が地上に落下したことは否認する。

2 請求原因(二)の事実中、被告が渋谷を使用していたことは認め、渋谷が被告の事業の執行につきその過失によって本件事故を発生させたことは否認し、その余は争う。

同(二)1の事実中、被告はその事業執行として亀有倉庫において日本紙業の製品であるライナーの倉入・倉出の作業を行なっていることは認める。右ライナーの倉出作業はライナーを倉庫から出して貨物自動車の荷台上に積み上げることで終る。この積込んだライナーの荷台上での移動と配列を整えることが倉出作業に含まれることは否認する。積込んだライナーの移動・整列の作業は貨物自動車の運転手がなすべきものである。なお、被告の従業員が、貨物自動車の運転手らに依頼され、フォークリフトで荷台上のライナーを揃えてやったことはある。

同(二)2の事実中、渋谷が被告車のアウターマストを被害者が持っていた角棒に接触させようとした際、被害者に合図して安全を確認する注意義務があったことは認めるが、それ以上の危険回避のための注意義務があることは争う。渋谷は右の合図をすべき注意義務を尽したから、過失はなかった。なお、被告車のクランプのアッパーアームがアウターマストより約五三センチメートル長いことは認める。

3 請求原因(三)1は争い、2の事実中、原告らが被害者の妻および子で、法定相続人の全部であることは認め、その余は争い、3は争い、4は認める。

(二)  主張

1 本件事故の態様等

(1) 渋谷は、昭和四〇年頃から被告に自動車運転手として勤務し、同四四年一一月頃から被告の倉庫内においてフォークリフト等による物品の倉入・倉出等の作業に従事しており、本件事故当時は被告の前記亀有倉庫において回転クランプリフトを運転して日本紙業の製品であるライナーの倉入・倉出作業に従事していた。

(2) 本件事故発生の当日被害者が運転する甲車(一一・五トン車)は午後一時頃、ライナー一一個を積込むため被告の右亀有倉庫前に到着した。同倉庫でのライナーの積込作業は通常貨物自動車を後退させて倉庫敷地内に入れて行なっていたが、当日は右倉庫前の路上に他の自動車が停止しており、甲車が大型車であったことから、甲車を倉庫内に入れることができず、被害者は甲車を右倉庫前の路上に停止させ、ライナーを積込むよう渋谷に指示した。渋谷は右倉庫内に積んであったライナーを被告車のクランプで挾んで甲車の後部まで運び、荷台へ積上げるという順序で、幅約一・三五メートルのライナーを六個、同一・二メートルのものを三個、同一・二一メートルのものを二個合計一一個を甲車荷台上に二段にわたって積込んだ。渋谷が右のようにしてライナーを積込んでいた際、被害者および伊藤岩吉が右荷台上で積込まれたライナーの移動、取揃えをしていた。

(3) 渋谷は右ライナーの積込が終ったので、被告車を後退させ、右倉庫に戻ろうとしたところ、被害者が渋谷を呼び止め、積込んだライナーのうちの一個を被告車で横から押して欲しい旨依頼した。そのとき、甲車の荷台から二段目、後部から三つ目のライナーが後部から運転席に向って右側(右倉庫寄り)に約一〇ないし一五センチメートル突き出ており、被害者は長さ約二メートル、約七・五センチメートル角の角棒一本を持って、右ライナーの上に立っていた。

(4) 渋谷は右依頼に応ずることとし、被害者が突き出た右ライナーの上で、右角棒をそのライナーの側面に地面と垂直になるように両手で保持していたので、被告車のアウターマストで円柱状のライナーの中心部分に当てられた角棒をはさんで押し込むようにし、被告車を右倉庫方向から甲車に向けて前進させ、右倉庫の敷地と道路との境目のところで一旦停止した後、クランプを上昇させながら、被告車を徐々に甲車に接近させたが、その間被害者は右ライナーの上に立って被告車が甲車に接近してくるのを待ち構えていた。

(5) 渋谷は被告車のクランプのアウターマストが円柱状の右ライナーの中心部分に当る程度の高さに達したところで、被害者に対して「いいかな。」と声をかけて合図をしたところ、同人から「いいよ。」という返事があったので被告車をさらにゆっくりと前進させ甲車に接近させたところ、クランプが角棒や被害者に接触する前に被害者が自ら足をすべらせ、悲鳴を上げて右ライナーの上から地上に転落してしまった。このとき、被害者が持っていた角棒は荷台から二段目の右ライナーと運転台寄りの他のライナーとの間にあり、右ライナーが移動した形跡はなかった。

2 渋谷の無過失

(1) 貨物自動車の荷台に積込まれたライナーが左右に突き出たりなどして不揃いになった場合の修正のための作業二種類のうち、ライナーを回転クランプリフトで押して移動させる方法を用いる場合、鋼鉄製のクランプを直接ライナーに接触させるとライナーを損傷させるので、これを防止するために、甲車の荷台上又はライナー上の者がクランプとライナーとの間に角棒等の当て木をする必要があった。また、本件の場合、甲車の荷台(高さ一・三メートル)上で、二段目に積上げられた重さ約八〇〇キログラム前後のライナー(地上から二段目のライナーの上辺までの高さは約三・三メートルである。)を被告車のコの字型の鋼鉄製のクランプで移動させるのであるから、その作業は危険を伴うものであった。

(2) 被告車のクランプによってライナーを移動させる作業は、右のように被告車の運転手と突き出たライナーの側面に角棒を当てる者との協力によって行なわれる。それ故関係者はその立場に応じて危険防止の義務を負い、また各自の立場での義務を尽くすことによって安全を維持し得るものであるから、関係者の注意義務を講ずるについてはいわゆる信頼の原則が適用される。

(3) 本件においては、甲車の荷台上の二段目のライナーの側面に当てた角棒に被告車のアウターマストを接触させて押すのであるから、被告車のクランプを二メートル以上上昇させなければならず、その場合被告車の運転者はクランプのアームのため前方のライナー上部およびその上に立っている者の状況が見えなくなる。したがって、この場合、運転者は、クランプの操作にあたり共同作業者の指示、誘導によらねばならず、右指示等にしたがうことにより衝突等の危険回避義務を遵守するのほかはない。

(4) 渋谷はライナーの側面にクランプを接近させる直前クランプが既に二・五メートルの高さに上昇しており視界がさえぎられていた関係上、その安全を確認するために、被害者に対して「いいか。」と声をかけ、同人の「いいよ。」という合図を受けたうえクランプを接近させているのであるから、この時点では、その指示に従ったことによって安全を確認しており、もって危険回避の注意義務を遵守してクランプを操作していたものというべきである。

(5) 被害者は右作業に際しては、被告車の運転者に対して指示、誘導することはもちろん、被告車が前進接近してきた場合には、そのクランプのアッパーアームが突き出してきて身体あるいは所持している角材に衝突して、その反動で転落し負傷する危険が予測され得るのであるから、クランプが接近するに際しては、自己の位置を左右のライナーのいずれか、あるいは甲車の荷台に降りて、そこから斜めに角材を当てるなどして、その危険を回避すべき注意をなす義務があった。しかるに渋谷が安全確認の合図を求め、その確認を得たにもかかわらず、被害者は自己の位置を移動させるなど適切な措置をとらなかった。かような場合、渋谷としては、被害者が適切な措置をとらずに、漫然と当該ライナーの上に立ち続けているということまで予見して、事故の発生を未然に防止すべき注意義務はなく、渋谷には過失がない。

(6) 右のとおり、本件事故は、もっぱら被害者の不注意によって生じたものであるから、被告には賠償義務はない。

3 過失相殺

被害者においても本件事故発生について既述の重大な過失があったから、これは賠償額を定めるに当って斟酌さるべきである。

三  原告ら(被告の主張に対する認否)

(一)  被告主張(二)1(本件事故の態様等)(1)ないし(4)は認め、(5)の事実中、渋谷が被害者に声をかけ、被害者から返事があったこと、被害者が転落したのはクランプが角棒に接触する前であったことは争い、その余は認める。

(二)  被告主張(二)2(渋谷の無過失)(1)は認め、(2)は争い、(3)の事実中、本件ライナーの修正作業のためには被告車のクランプのアッパーアームを二メートル以上上昇させなければならないこと、その際その運転者席から前方の見通しが悪くなることは認め、その余は争い、(4)の事実中、被告車のクランプをライナーに接近させようとしたときのクランプの高さが約二・五メートルであったことは認め、その余は争う。(5)は争う。

(三)  被告主張(二)3(過失相殺)は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  事故の発生

被害者は、昭和四七年一月四日午後一時五〇分頃、東京都葛飾区亀有四丁目二八番二号被告亀有倉庫前路上において、自ら運転してきた甲車荷台上にライナー(幅約一・二〇ないし一・三五メートルのダンボール原紙を円柱状に巻き取ったもので、重量は約八〇〇キログラム前後である。)一〇余個を二段にわたって横倒しに積み上げたところ、そのうち、二段目に側端が一〇ないし一五センチメートル程横に突き出て他と不揃いのものがあったので、渋谷に被告車を運転させてそのクランプのアウターマストで突き出ているライナーの側面を押させ、横にずらせて、ライナーの側端を一線に揃えようとしたこと(別紙図面1ないし4参照)、その際被告車のクランプのアウターマストがライナーの側面に直接接触してこれに損傷を与えないようにするために、被害者は当該ライナーの上に立ち長さ約二メートル幅各約七・五センチメートルの角棒を右ライナーの上方から地面に垂直に右ライナーの側面に当て、被告車が接近するのを待っていたとき、被害者は右ライナー上から地上に落下し(落下原因については後述する。)、頸髄損傷の傷害を受け、昭和四七年一月二五日右傷害が原因で死亡したことは当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  使用関係

被告が事故当時渋谷を使用していたことは当事者間に争いがない。

(二)  事業の執行

被告が本件事故当時事業として前記亀有倉庫において日本紙業の製品であるライナーの倉入・倉出作業等を行なっていたが、右ライナーの倉出作業のなかに、ライナーを倉庫から輸送用貨物自動車まで運んだうえその荷台に積込む作業が含まれることは当事者間に争いがない。

渋谷の被告会社での業務および本件事故当時の作業内容等についての被告主張(二)1(本件事故の態様等)の(1)ないし(4)の事実は当事者間に争いがない。この事実と≪証拠省略≫によれば、本件事故発生以前において被告の前記亀有倉庫でのライナーの倉出・積込作業の手順として、渋谷が回転クランプリフトを運転し右倉庫からライナーをクランプに挾み込み、輸送用貨物自動車の後部まで運び、リフトでライナーを持ち上げて、その荷台に円柱状のライナーを横に倒した状態で積み込み、その後は運転手等がライナーを前後に転がし適当な位置に置いたこと、ライナーの左右(貨物自動車の後部から運転席の方向に向って左右をいう。以下左右というとき同じ。)が不揃いである場合、運転手等が木製あるいは鉄製の棒(バール)を用いて自力でライナーを左右にずらせるか、また本件事故当時と同様に、運転手等がライナー上に立ってその側面に当て木を保持し、渋谷に依頼して回転クランプリフトのアームを右当て木に接触させ横(左右)に押させる方法でライナーの列の乱れを整えていたこと(別紙図面4参照)、被告として右の回転クランプリフトを用いて貨物自動車上のライナーの列の乱れを揃えることを禁止したことはなく、リフトでライナーを揃えようとする場合は、リフトの運転者および当て木の保持者は安全を確認して危険のないよう行なうことを指導していたこと、本件事故発生以後において、被告は、回転クランプリフトを用いて貨物自動車上のライナーの列を揃えようとする場合、ライナー上に立って保持しなければならないような前記棒の当て木の代りに、そのような保持を要しない鉄板と角材製の器具を用いて車上のライナーの列を揃える右作業を行なわせていることがそれぞれ認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の各事実によれば、本件事故発生直前に甲車の荷台に積込んだライナーのうちの一個が他と比べ右へ一〇ないし一五センチメートル突き出ていたので、渋谷が被告車を運転してこれを他と同列に揃える作業をしたことは、客観的にみて、被告の事業である前記ライナーの倉出・積込作業と密接な牽連関係に立つものであるから、被告の事業の執行につきなされたものというのが相当である。

(三)  渋谷の過失

1  ≪証拠省略≫、本件事故態様等に関する前記争いのない事実(被告主張(二)1(1)ないし(4))を総合すると次のとおりの事実を認めることができる。

(1) 渋谷は、昭和四四年一一月頃から被告の倉庫内においてフォークリフト等によって物品の運搬を行なっていたが、本件事故当時は前記亀有倉庫内で回転クランプリフトを運転して日本紙業の製品であるライナーの倉入・倉出作業に従事していた。

(2) 渋谷は、本件事故当日午後一時頃から亀有倉庫前において被告車を運転して倉庫内のライナー合計一一個(幅約一・三五メートルのライナー六個、同一・二メートルのもの三個、同一・二一メートルのもの二個)を図面1中の①の地点に停止していた甲車後部まで運び、その荷台に既に図面3のとおり運転席寄りの場所に二列にわたって積込まれていたライナー六個に加えてさらにこの一一個のライナーを図面2および3のとおり二段にわたって積込んだ。

(3) 被害者は、渋谷が甲車の荷台にライナーを積込む都度右荷台上で伊藤岩吉と共にライナーの移動およびその位置の整序を行なっていたが、右積込終了後図面3中の二段目のAライナーが他のライナーと比べその位置が右に一〇ないし一五センチメートルずれていたので、その位置を他のライナーと揃えるため、渋谷に被告車のクランプでAライナーの右側から押してくれるよう頼んだ。

(4) 渋谷は、この時被告車を後退運転し、図面1中のコンクリート舗装の傾斜地上にいたが、被害者の右求めに応じることにし、再度被告車を同所から図面1中の②の地点まで前進させ、そこで一旦停止した。渋谷はそこからクランプを上昇させながら、甲車荷台上のAライナーの位置の方向へ被告車を発進させたが、その時、被害者が従前の作業慣例に従い右Aライナー上で角棒(長さ約二メートル、約七・五センチメートル角)を手に持って、被告車が接近するのを待っていたことは認めていた。そして、渋谷は、被告車を前進せしめつつ、そのクランプを上昇させ、クランプのアウターマストを円柱状のAライナーの中心部分(地上から約二・七メートルの高さである。)付近の高さに達せしめた。その時アッパーアームの高さは地上約三・七メートルであり、被告車の運転席からはクランプに妨げられて、運転しながらの被害者の確認は困難であった。渋谷は、クランプとくにアウターマストより五三センチメートル先に出ているアッパーアームが被害者の保持する当て木にまず接触した際の衝撃により、被害者が姿勢の安定を失うことのないように、被害者の位置、姿勢、アッパーアームの位置等を確認することをしないのみならず、被害者はAライナーより運転席寄りの場所(渋谷から見て右側)で角棒をAライナーの側面に斜に当てているものと速断した。ここにおいて渋谷は被告車のクランプのアウターマストを右角棒に接触させて、Aライナーを押し込もうとして、被告車をさらに前進させ、図面4のようにクランプのアウターマストと甲車上のAライナーの距離が三〇ないし四〇センチメートルになるまで甲車に接近させたところ、アウターマストがAライナーに接触する前に、その上に立っていた被害者の垂直に保持する当て木の手許附近か又は被害者の身体にまずアッパーアームを急に接触させ、又は接触寸前に至り被害者をあわてさせ、もって被害者の姿勢の安定を失わせてAライナー上から甲車の反対側(左側)横の地上へ落下させた。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

2  渋谷がクランプをライナーに接触させる前に被害者に合図して返事を得た旨の≪証拠省略≫は≪証拠省略≫に照らし採用できない。

被告車のアッパーアーム等が当て木に接触し又は接触しようとする前に被害者がこれと関係なく足をすべらせたとの点につき検討するに、そのように推認すべき確証はなく、≪証拠省略≫によれば、渋谷は被害者の悲鳴を聞いて直ちに被告車を停車させたが、その際の被告車のアッパーアームの位置はほぼ図面4のとおりであって、甲車の後方からみてAライナーの真上内側にはいっていたことが認められるから、被害者がアッパーアームの接触等と無関係に足をすべらせて転落したとみるべきでなく、前記のように判断するのが相当である。

3  前記作業を行なうに当っては、ライナーに損傷を与えないため、甲車の荷台上もしくはライナー上の者がライナーの側面に当て木をする必要があったことは当事者間に争いがなく、前記のような甲車荷台の高さ、被告車の構造、ライナーの直径、幅員、重量、円形状で足場の悪いこと等に鑑み、右作業には相当の危険、特に甲車上の者の身体に対する危険が伴うことが認められる。したがって、渋谷のように回転クランプリフトの運転者がクランプを当該ライナーの側面に接触さるため、リフトを前進させようとするに当っては、貨物自動車の荷台のライナー上で当て木を保持している者の位置、リフトのクランプの高さ、貨物自動車とリフトとの距離等を充分に確認し、リフトの運転者席から右各状況を充分に把握し難いときは降車して確認したうえで、リフトのクランプを半回転せしめ、前方に突出ている方のアッパーアームを下にして、これをもってライナーを押し、かつアッパーアーム等がライナー上の者の身体等に急に接触しないよう微速で運転操作すべき義務を負う。

4  被告は、本件において渋谷らの注意義務を論ずるについては信頼の原則が適用され、渋谷は甲車上の被害者の指示等にしたがって被告車を運転操作すれば足り、それ以上の注意義務を負わないと主張する。しかし、前記認定の作業内容に照らすと、回転クランプリフトを運転する者および貨物自動車上で当て木を保持する者の作業手順・方法・指揮命令関係が一定であって、そのうえ作業時の注意義務の内容が決定しているというものではなく、右作業に従事する者は、具体的な作業の進行状況に応じて具体的な危険の防止のため、適切な措置あるいは操作をなすべきものと解せられるから、いわゆる信頼の原則を本件右作業者の注意義務の存否に関して適用する余地はないというべきである。

5  しかるに前記認定の各事実によれば、渋谷は右3記載の注意義務を怠って漫然と被告車を甲車に接近させたことにより本件事故を発生させたと認められる。

(四)  よって被告は、本件事故当時渋谷を使用し、渋谷において被告の事業の執行につき過失によって本件事故を発生させ、被害者を死亡させるに至ったと認められるから、民法七一五条一項により、本件事故による原告らの後記損害を賠償する義務がある。

三  過失相殺

事故時の甲車上の前記状況、ライナー移動作業の前記内容等に鑑みると、被害者が当て木を保持するための位置として、移動させるべきAライナー上を選択し、同所に立っていたことは、クランプが当て木に当ったときの衝撃により、被害者の足場となっているライナーが動き、足場不安定となる危険をはらむけれども、この方法によると被害者は当て木自体の重量を支えることを要せず、これを垂直に安定して保持できるのであって、この方法はライナーに傷をつけないという作業目的に適合しているのである。被害者がもし他のライナー上に立って当て木を保持するときは、被害者自ら長さ二メートル、幅各七・五センチメートルの当て木の重量のかなりの部分を自ら支えなければならず、これまたクランプが当ったときの衝撃により足場不安定となるおそれをもつものである。被害者がライナー上に立たず、貨物自動車の荷台上に立って本件Aライナーのための当て木を保持できたことは、ライナーの高さ等にかんがみ、肯定できない。これらの作業方法の比較および前記作業慣例からみて、被害者の作業方法が他の場合に比して危険防止の観点から作業方法として著しく妥当を欠くとは考えられず、現に証人伊藤岩吉の証言によれば、同証人は、右作業に従事している者であるが被害者の右のような作業方法が他の場合と比較して特に危険であると意識したことはないと認められる。また、渋谷は図面1中の②の地点付近において、被害者がAライナー上に立って角棒を持っていたことを認識していたことは既述のとおりであるが、その後事故発生まで被害者にライナーの上に立つことは危険だから他に移動するべきであるなどの注意等をしたと認めるに足りる証拠もないのである。よって被害者がAライナー上にいたことは過失とはいえない。

被害者が被告車のクランプのアッパーアームが自己に接近してきた際、自己の位置を移動していれば、それとの接触を避け得たかもしれないが、転落直前の状況につき直接の目撃者がないため、その詳細を確定できず前記のように択一的な認定をしなければならない関係上、移動しないことの当否を判断する資料に乏しいといわざるを得ない。敢て推論すれば、渋谷が甲車に到達する直前、被害者に合図をしたとは認められないことは、前記のとおりであって、被害者が渋谷からの合図を待っていたところを不意に被告車が前進してきたために、自ら移動できず、これとの接触を避けられなかったとの推測も否定し去ることはできないし、また右のような移動が可能であったとしても、その仕方如何によっては当て木を保持できずライナーに傷がつくかもしれないし、それは被害者の荷主に対する責任問題にも発展しうるから、被害者に移動を期待する方が無理な場合もあろう。故にこの点も被害者の過失と断定するには至らない。さらに、右ライナーの移動作業は特に足場の平担でないライナー上の当て木の支持者にとって身体の危険があることは既述のとおりであるし、被告車のようなリフトの運転者は右作業に当り当て木の支持者よりはきわめて安全な作業環境にあるから、この運転者に危険防止のため特に厳格な注意義務が課せられるというべきである。

前記事故態様に照らすと、渋谷の過失は著しく重大であると認められるのに反し、被害者に本件事故発生についてその他の過失があったと認められないから過失相殺するのは相当とはいえない。

四  損害

原告らが本件事故によって蒙った損害額を算定する。

(一)  被害者の得べかりし利益の喪失による損害一六、四七〇、四五七円

≪証拠省略≫によると、被害者は、原告朝子(昭和一二年二月九日生)の夫、原告信之(昭和三七年五月一〇日生)および同みち代(昭和三九年九月一四日生)の父で、本件事故当時三六才(昭和一一年一月二〇日生)の健康な男子で、向島運送株式会社に大型貨物自動車の運転手として勤務し、昭和四六年中に一、六三三、五八六円の収入を得ていたことが認められる(被害者と原告らの身分関係は原告らの生年月日を除いて当事者間に争いがない。)。

被害者の死亡後本件口頭弁論終結(昭和四九年三月一九日)までに被害者と同年令で運輸業に従事する男子勤労者の給与(賞与を含む。)額が毎年増加し、その増加割合は少くとも昭和四七年において前年の約一四パーセント、昭和四八年において前年の約一八パーセントであることは昭和四六年ないし四八年賃金構造基本統計調査報告(労働大臣官房統計情報部発表)によって当裁判所に顕著な事実であるから、被害者は本件事故に遭わなければ、昭和四七年から昭和四八年までの各年、前年の収入に前記割合を乗じて得た金額を加算した勤労収入を得、昭和四九年以降六七才に達する昭和七八年まで毎年少くとも昭和四八年と同額の勤労収入を得たことは確実であると認められる。

なお、右の収入増加額は労務の熟練度等勤労者の能力地位の向上に起因するものとインフレーションに起因するものとを含むが、いずれも労働能力評価のための間接事実であるから当事者の主張がなくても当然考慮できるし、不法行為による賠償制度の目的にかんがみ衡平の見地から加害者に負担させるのを相当とする。

被害者が生存している場合の生活費は、被害者の家族構成に照らすと被害者の総収入額の三分の一を超えることはないと認められるから、これと、年五分の割合でライプニッツ式計算法により算出した中間利息とを右収入から控除し、被害者の労働能力の喪失による損害額の本訴状送達日(昭和四七年八月二六日であることは記録上明らかである。)の現価を算出すると、原告ら主張の一六、四七〇、四五七円を下らない。

(二)  原告らが相続取得した債権額五、四九〇、一五二円

原告朝子は被害者の妻、同信之、同みち代はいずれも被害者の子で、原告らは被害者の法定相続人の全部であることは当事者間に争いがないので、原告らは、被害者の法定相続人として被害者が被告に対して有していた損害賠償債権一六、四七〇、四五七円を法定相続分(各三分の一)に応じて各五、四九〇、一五二円(円未満切捨)を相続により取得したものと認められる。

(三)  慰藉料 原告朝子 一、六六六、六六六円

原告信之、同みち代各一、二六六、六六六円

原告らは本件事故によって原告ら家族の支柱であった被害者を喪い、これによって少なからぬ精神的苦痛を蒙ったことが推認され、本件事故態様、被害者の年令、家族構成等本件に現われた一切の事情を斟酌すると、右精神的損害に対する慰藉料は、原告朝子について一、六六六、六六六円、同信之、同みち代については各一、二六六、六六六円を下ることはないものと認められる。

(四)  損害の填補 各一、六六六、六六六円

原告らは本件事故による各自の損害の填補として自賠責保険から各一、六六六、六六六円を受けたので、各損害額より各右と同額を控除すると自陳する。よってこれを前記損害額から控除する。

五  結論

以上の理由により、被告は原告朝子に対し五、四九〇、一五二円、同信之、同みち代に対し各五、〇九〇、一五二円および右各金員に対する本訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年八月二六日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告らの被告に対する本訴請求は正当として認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沖野威 裁判官 大出晃之 裁判官高山晨は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 沖野威)

<以下省略>

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